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パティシエのクチコミ!


厳選パティシエじゅずつなぎ

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No.20
Au Grenier D'or  京都エリア
 
【お店】オ・グルニエ・ドール
【パティシエ】西原 金蔵

【住所】 〒604-8127
     京都府京都市中京区堺町通錦小路上ル527-1 

【TEL】075-213-7782
【FAX】075-213-7783

【営業時間】11:00〜19:00
【定休日】水曜日(※第2火曜日不定休)

【パティシエ・プロフィール】
1953年 岡山県生まれ

1972

京都グランドホテル
(現リーガロイヤルホテル)入社

1975

辻調理師専門学校入学

1979

渡仏
パリのレストラン『レカミエ』にて修行

1981 帰国
1983 叶_戸ポートピアホテル内レストラン
『アランシャペル』入社


1987

再度渡仏
『アランシャペル』ミヨネー本店 製菓長就任

1989

帰国 潟zテルオークラ神戸 福製菓長就任

1991

且草カ堂パーラー総製菓長就任

1997

美家古食品潟gロワグロ事業部 食品企画管理部長 総製菓長就任

1998

神戸マリンホテルズ梶@シーサイドホテル 舞子ビラ神戸 総製菓長就任

2001

『オ・グルニエ・ドール』独立 OPEN

受賞暦

1981

第30回アルパジョンコンクール ピエス・アルティスティック部門 受賞

コミテ アンテルナショナル・ガストロノミード・フランス 銅賞
受賞暦(フランスにて)
1981 第30回アルパジョンコンクール 
ピエス・アルティスティック部門 銅賞受賞
1981 コミテ アンテルナショナル ガストロノミード フランス 銅賞



【パティシエ】 西原 金蔵


【京都グランドホテル(現リーガロイヤルホテル)へ入社】
高校時代に家の近くにあった湯郷温泉の喫茶店でアルバイトをしていました。友達の家の喫茶やフロントを手伝ってほしいって言われたんです。
その時、何人かのお客さんに「あなたはもう長いの?」と言われたり、すごくお客さんが喜でくれたことが何度があったりして、ふと「自分にはこんなことがあってるのかなあ・・・」と思った。
もともと何が好きだったかというと接客が好きだったかもしれない。

馬鹿みたいに凝り性なところがあるので、するんだったらホテル学校に行きたいと両親に言ったんだけど、それは、残念ながらだめだといわれました。
友達の妹さんが東京プリンスにいたので就職のことで色々相談していたんです。すると、父親に、「親類が京都にとても多いので、東京もいいだろうが、京都で探したらどうだ。」と言われ、京都グランドホテル
(現リーガロイヤルホテル京都)に就職することになったんです。とってもかわいがってくれたおばが近くにいたので両親も安心していました。

社会に出て初めてのホテルというのが京都グランドホテル(現リーガロイヤルホテル京都)でした。
そのホテルの中にあった『グラナダ』というバーが、田舎物の私にとっては『都会のバー』。すごく大人の世界に見えた。すごく憧れた。
一人でカウンターに座って好きなお酒を飲みながら好きな料理をちょっと食べられるような、そんなバーをいつかやりたい・・・、それが一番最初の食の世界への憧れでしたよ。・・・私、お酒が飲めないんですよ。自分自身酔ったことも無い。
ビール1杯飲みほしたことも無い。それなのにね。(笑)

・・・サービスの仕事をしているうちに、厨房が気になり始めて・・・。
料理の世界・・・、料理の世界を知りたい・・・、そう思い立ち、『あべの辻調理師専門学校』に入学したんです。


 


【アラン・シャペル氏との出会い・・・物創りの原点・人生が変わった】

(※アラン・シャペル; 『二十世紀最大の料理人』とまで崇められたフランス料理界の巨星。彼のフランス、ミヨネーにあるレストランは、三ツ星クラス。世界中の美食家を魅了し続けている。日本の神戸ポートピアホテルに唯一支店をもつ。)

私は、レストラン・アランシャペルには、神戸のポートピアホテルに
3年とその後2年フランスのミヨネの本店にいました。ミヨネの本店には、世界からお客さんが来られる。夏なんて、自動車ショーですよ。すごいスポーツカーが並びますよ、お店の前には。そんなお客さんばっかりです。

特に私が非常に大きく影響を受けたアラン・シャペル氏。
・・・この方との出会いの中で、物創りの原点と私自身の人生が全く変わりましたね。とんでもなく変わりました。
アラン・シャペルという方の何に一番影響を受けたかというと、言葉にすれば、この方の本の題にもなっていますが、『ルセットを超える』ということです。
(※ルセット:お菓子などのレシピ、配合表のこと)

超えるという言葉の中に幅があり、捉える人によって色んな考え方ができる。ちなみに私がどう捉えたか・・・。
例えば、母親が子供のために、おいしいものを食べさせてやろうと思って作る料理・・・、それは格別においしい。その『気持ち』によって一生懸命作ったものというのは、配合なんか関係ない。
私たちは、常にお客さんに対して、自分達はこれをこのように食べていただきたい・・・と思い作る。そのものに対して、自分の思いを切々と閉じ込めている。

おいしいと言っていただけるために・・・何日間かここに置き、あるときは暖め、あるときは冷やし、自分が一番おいしいと思えるプロセスを準備し、最高の状態でお出しする。

お菓子屋さんがよく言われることは、「ちゃんと決まった配合と、ちゃんと決まった作り方で作ればきちっと作れる」。つまり配合が大切だと。作り方もややすれば科学的だったりもする。
・・・それはもちろんです。その通りなんですが、さらにその上に、目的;誰にどういう人にどんな風に食べていただきたいか、という目的をしっかり持ち、素材をどう選ぶか。そして、選ばれた今日の素材の状況に対して、どのように酸味を足してやったり、甘味をプラスしてやったりするのか・・・。
そういう部分っていうのは、決められた配合ではできない。・私は、アランシャペル氏との出会いによって、そんな微妙なスタート地点での考え方が全く変わったんです。

 


【シャペル氏に同行 世界中を回る、味覚のレッスン】
ミヨネーの本店時代の2年間はシャペル氏に同行し世界中をつれて歩いていただきました。その時に味を教えてもらったのかなあと思いますね。味覚をどう磨くかということを。

・・・色んなところに招待されて行くんですが、その時は、肉のシェフと、魚のシェフと、ガロマンジェというオードブル関係のシェフと、デザートのシェフという担当者が決まっていて同行する。私も曲がりなりにも、シェフという形で向こうに行ったもんですから、何かあるとデザートのシェフとして同行させていただいていた。ですから、条件の何も分からない所に行って、そこで、アランシャペルの料理を再現するということをしていたんです。

そうやっていろんなところに招待されていくと、そこでシャペルさんに出される料理というのは普通のものではないんです。そのレストランの最高とするものがムッシュ・シャペルに出されるんです。われわれは、同行しておるのですから、同じように食べさせていただくんです。
するとシャペルさんに「金蔵、
これはすばらしいよ。」「これは普通じゃ食べれないよ。」なんて教えていただくんです。「・・・このコショウの香りを覚えておきなさい。」とか「・・・今香りが出て来た、・・・次にこんな香りが来た・・・、今香りが無くなった・・・」というようなことを真横で教えてくれた。
「今香りが出てきた」とか言われると探るじゃないですか、口の中で・・・。「あっ、このことを言ってるんだ。」とわかる。そういうことを重ねてもらえたことがすごくいい経験になっている。味覚のレッスンを受けさせていただいた。

味というものはどうあるべきか、料理というものはどうあるべきか・・・。三ツ星クラスのランク付けのレストランであるアランシャペルで出される料理というのは当然のことながら高価です。普段日常で食べる料理とは違う。ということは、そこで出される料理というのは、それだけの価値を持って、お客様を満足させれるものでないといけない。

・・・・そういう場所で色んな体験をさせていただけたこと、シャペルさんに出会えたこと、ほんとに恵まれていますね。



 【イメージ・想像から作り出されるお菓子】
アラン・シャペル氏には、「私が買ってくる最高の素材を使い、お前の最高の技術で最高にうまいものを作ってほしい。」「いすから転げ落ちるようなものを作れ。」と言われました。
だから、日夜、彼がうまいというものを、ああでもない、こうでもない、といって作っていくわけです。
そこにはシャペルさんの思いがいっぱいある。思い出もある。

ある日シャペルさんが「金蔵、今度こんなお客様が来られるんだ。私はこういった料理を出す。どんなデザートを作ってくれる?」というんです。はじめは、即答を出来なかった。
すると「私は、ブラジルに行った時に、牛乳を煮詰めたもの・・・コンフィ・チュ・ドゥレというのを食べてすごくおいしかった。もしかしたらこれでアイスクリームを作ったらおいしいかもしれないなあ・・・」という風にヒントをくれるんです。思い出を語ってくれるんです。
「この料理にはこれが合うと思う。金蔵はその横にどんなものを添えたらいいと思う?」といった感じで常にディスカッションしていました。その上で、「アイスクリームはもっと軽くて何かの香りがするものだ・・・」とかいう感じで言ってくれる。

だから配合なんて一切無い。全てがイメージでしか伝わってこない。私はそのイメージを捕らえ自分の中で想像する。「コンフィ・チュ・ドゥレってどんな味なんだろう・・・・牛乳を煮詰めて・・・・こんな味なんだろうか・・」という感じで自分の中で味を想像するんです。そしてイメージを膨らませてその状態ですぐにラボ(お菓子の厨房)に戻ってひ
たすら試作を重ねる。作っては、シャペルさんのところに持っていって食べてもらう。
「こうなのか」「ああなのか」って聞いてみると、「こうじゃないだろう・・・こんな感じだろう。」と又彼のイメージを聞いてそして作る。

そうやって彼のイメージどおりのものが出来たときには「これだ!」といってそこいらじゅうの人を呼んで「金蔵はこんなうまいものを作った!次のこの方にはこれを出す!」と言ってくれる。シャペルさんという人は、人の持つ可能性をものすごく引っ張り出してくる。はじめの段階では、全てイメージを与えてくれたにもかかわらず、出来上がったら、「これは、金蔵が全部作ったんだ!これを出せばあのお客様は絶対に満足する!」っていって自分がイメージを与えたなんてことは一切言わない。

私は、錯覚を覚えることがあった。イメージを与えられて出来上がったにもかかわらず、自分にこんなことが出来るんだ!、みたいなね。もちろん、基本とする配合と基本とする作り方は大切です。だけれども、それを超えた、より想像を深めたものを作り出すには、配合はいらない。



【パスティヤージュ】
特に一番大きくお菓子の世界に惹かれていく部分というのは、残せる飾り菓子(パスティヤージュ)の世界。魅力的で・・・。

僕はシャペルさんの一言で神戸ポートピアホテルのアランシャペルに存続することが出来たんです。だから、シャペルさんが年に2回日本に来られる時には必ず何かを作ってお待ちしていたんです。
私は飾り菓子がすごく好きだったので、必ず何かを作って待っていたんです。この作品は、シャペルさんがすごく気に入ってくれて、ファーストクラスの席を
1席とってミヨーネに持ち帰ってくださったんです。随分長く飾ってくださっていたみたいです。

本来のフランス料理というのはバイキングスタイルというか、元卓というのがあって、そこの真ん中に高くわっと料理を飾る。その周辺に食べる人たちが座る。その後ろにはサービスする人たちがいて、料理を切り分けてその方々に配るんです。フランスは農業国ですから、まず、ボリューム、量が必要。たくさんあるということが豊かさの象徴なんです。だから、フランスに行くと、朝市に行っても、とにかく物をうず高く積み上げる。量を見せる。

そんなテーブルで飾られるためのお菓子というのがこういうパスティヤージュというもの。そしてその周辺に食べられるお菓子が並べられるんです。そういうスタイルが普通だった。それが200年位前のスタイル。

今、お皿に一つずつ乗せて運ばれるスタイルが主流ですけどこれはロシア的なスタイル。これは、寒い国で暖かいものは暖かかく、冷たいものは冷たく料理場で調理されてすぐさま運ばれてくるというスタイル。今はフランス料理もこのロシア式が主流になっていますが、このスタイルの前は先ほどお話したようにとにかく物を高く積み上げていた。

こうして元卓にウサギであるとか鹿であるとかは銃で撃たれてそのまま食卓に飾られたりした。それが豊かさの象徴なんですね。日本人には考えられない感覚です。・・・他文化を知ると言うのはほんとに面白いですね。




代表作・・・ピラミッド】
私は、最初に3年フランスにいた時に『アルパジョンのコンクール』にトライしたんですが、その時パスティアージュ(飾り菓子)の作品を作っていたので、建築というのがすごく大きな題材となっていた。だから、当時パリのいろんな建物をひたすら歩き回って見ていたんです。そんな経験があったので、ルーブル美術館もよく行ったり見たりしていた。
ルーブル美術館の前に新しくピラミッドの玄関が出来た時には、ちょうどミヨネーのアランシャペル(レストラン)にいたんですが、その時のオープニング レセプションに、アランシャペルの料理が出されたんです。

その新しく出来た玄関のピラミッドを見た時は・・・、驚いて感動しました。
今もはっきりと焼きついている、あのルーブル美術館の、石で造られたデコラティブな装飾の建物の中にシャープな鉄とガラスのもの・・・、中から光がこぼれ出ていた、突然あらわれた真新しい建造物。ほんとに驚きましたね。「すごいな」と思ったんです。ピラミッドというのは、フランスよりもっともっと歴史の古いものですが、形としては、周りのデコラティブな建造物の方が重厚な古さを感じさせる。そんなデコラティブな石の装飾の中に鉄とガラスと光のピラミッドが。


・・・このコントラストって・・・、これがフランスなんだ!と感じましたよ。
やはり、それを取り入れるフランスってすごいなあ・・・って、ただひたすらすごい・・・と思いました。
その建造物の下で、シャペルさんと料理を出せたということは、本当に大きな思い出です。
※ルーブル美術館のオフィシャルサイトからピラミッド入口の画像が見られます→http://www.louvre.or.jp/

その事がすごい感動として私の中に焼きつき、『いつかこのピラミッドをお菓子として表現したい』と思ったんです。そして自分の中でずっと温めて、出来たのがあのピラミッドのお菓子なんです。ですから、限りなくシャープに、いかに直線を表現できるかというのが大きなテーマだった。あのピラミッドは、ほんとにひらめくが如くさっと思いつき、さっと形になり出来上がったんです。



【資生堂パーラーのショーケース】
帰国して資生堂パーラーに入社した時、私はすごく運が良かったので、色々やらせていただいた。
社長が、『西原さん、是非これを機会に遊んでください。遊ぶことで西原さんの個性的なものを引き出してください。遊んでこの1階のショーケースを是非面倒見てほしい。』と言ってくださったんです。

私が行くまでは、このショーケースには、ほとんど外から購入されたお菓子が並んでいて、資生堂パーラー独自のものはほとんど無かった。
それで「それでは、お言葉に甘えて、私に
1ヶ月時間を下さい。一切製造には携わりません。しかし、その後に全ての商品を提案します。」と答えました。そして、一番最初に手がけたのがこの『ピラミッド』だったんです。

これを、資生堂パーラーの一番最初の1Fのショーケースに並べたんです。社長はじめ皆さんがすごく喜んでくれました。当時、パーラーがあった銀座界隈のお菓子屋さんのケーキは、工芸菓子のようにきれいに小さなお菓子ばっかりだったんです。今でこそ、ピラミッドを見ても、さほど大きさを感じないけれど、当時は、とっても大きくて驚くようなケーキだったんです。

その当時、まず最初に、ショーケースの中に大理石を敷いて欲しいと言ったんです。そして、その上に直接ケーキを並べた。それも限りなくまっすぐ・・・限りなく・・・ケーキを並べた。当時、そんなケーキの見せ方はあまり見られなった。ピラミッドがきれいに並んでね。
私はお菓子の後ろにお菓子が見えて・・・という見え方というのがすごく好きなんです。その感じというのは、それこそパリからリヨンに向かって走ると・・・・、なだらかな田園風景の中に山の向こうに山が・・・そして又山が・・・とスーッと見える。
・・・ケーキとケーキの谷間の中に又ケーキが見えるという連なりがその風景のイメージと重なって・・・限りなく美しい。ちょうど
20年近く前にそれをやっていましたね。

 


【ショーケース】
私は、書物の中から盛り付けの感覚を再現したりする。本来食べるものとそれに使われる素材であるとか質感であるとかがそこに共存することによって、よりそのものが感じられる。
私のお店のショーケースもまさにこれですね。フルーツってかごの中にちゃんと納まっているのはあまりにも寂しい。もっとこぼれ落ちてしまうような量がおいしさを感じさせる。

今のショーケース、見ていただいたら分かるように、限りなくランダムに・・・
限りなく自由。以前とは全く逆。(笑)子供が来ると、必ずショーケースにべたべたっと張り付いて触りますね。触りたいと思うものというのはすごく大切なんです。触ってもらえるようなもの・・・それはすばらしい。飾り菓子も同じ。きれいと思えば触れたいと思う。触れたいと思わせるものでないといけない。

・・・アラン・シャペルという人。この人は『お皿の上のダビンチ』と言われた人なんですね。
その料理のお皿の上での表現の仕方というのがすばらしく独特でした。すごく繊細にきれいに盛り付けられるというものではない。ドンとしているんだけど、ものすごく訴えるものがある。作り手の考えと、その人が育ち見た環境というものが表現されている。
シャペルさんはお菓子の職人ではない。料理人であって経営者。お菓子を作る技術を特別教えてもらった覚えはほとんど無い。そんなものではなくって、違う、もっと原点のものを教えて頂いた。・・・物つくりは、全て同じ。

 


【隠れ家のようなお店・・・『オ・グルニエ・ドール』・・・金の蔵】
『オ・グルニエ・ドール』というのはフランス語で『金の蔵』という意味なんです。わたしの名前です。
金蔵という名前はおじいちゃん、おばあちゃんが付けてくれたんです。小さな頃は「ぞうきん」「ぞうきん」なんて言われて嫌だったんですけど、今はすごく気に入っています。(笑)

お店、よく見つけられましたね。お菓子屋さんにある店舗ではないでしょ。
条件はね。一見路地。私のようなへそ曲がりの変わり者しかしないですね、こんな場所では。
・・・でも、この場所にはパリの要素がありますよ・・・。

私は店をはじめるにあたって、誰にも告知することなく静かにスタートした。だから、オープンのパンフレットも何も配らなかったし、どこにも言っていかなかった。とにかく静かに自分の思いが達成できるような商品作りを始めたかったんです。
最初にたくさんの方々に来て頂いたらとんでもない迷惑をかけてしまうかもしれないし、自分が思う商品が作れないと思ってたんです。とにかく少しづつ広まっていけばいいと思っていたんです。私は、業者の人にも
1ヶ月は来ないで下さいねって言いましたよ。そんな形でスタートしました。ほんと変わってると思いますよ。

私の『オ・グルニエ・ドール』の一番メンイとして出来ることは、生ケーキなんです。焼き菓子なんて皆無に近い。ただひたすら生ケーキの完璧なものを作りたいという思いで『オ・グルニエ・ドール』を立ち上げた。
普通はお菓子屋さんには焼き菓子が豊富にそろっていて、選べる。だけど、うちは、
3種類しかない。マドレーヌとフィナンシェとダックワーズだけ。

『オ・グルニエ・ドール』をオープンするにあたっては、商売ということはあまり考えられていなくって・・・。だから、こんなお店を作っちゃったのかもしれませんね。こんな入り組んだ細長いお店、普通じゃ考えられない。それが、いい方向に転じたことが幸せですね。
大家さんは決してこんなところでこんなお店をするなんて思いもしなかったみたいです。この店舗はおうどんを作っていた工場跡なんです。ケーキ教室の場所もそうなんです。
この大家さんも素晴らしくいい人で・・・。私は本当に恵まれすぎるくらい恵まれているんです。とってもとっても運がいいんです。だから、与えられた場面においては、しっかり自分で考え行動を取らなくてはいけないと思っています。

はじめは、資生堂パーラーを終えて岡山に帰る予定をしていたんですね。・・・何らかの形で田舎に帰らなくてはいけないという意識がありましたから。西原という家を引き継いでいくことだけは、怠ってはいけないということは懇々と言われてましたので、どんなことがあっても岡山の地に帰ろうと思ってました。
ところが、うまく進まなかった。
4年以上かけて岡山の物件を探しましたが、どういうわけか、岡山はうまく事が進まなかった。




【年間20℃を保ち続けるフルーツ貯蔵庫】
上の階に、年間20℃に保たれた部屋を作っているんです。フルーツの貯蔵庫です。そこであらかじめフルーツを熟成させる。いまだと桃、マンゴ、ぶどうなんか。
今店内にたくさんフレッシュなフルーツ、ショーケースの中にもたくさん飾られていますよね。貯蔵庫で熟成してから店内に出してディスプレイし、翌日にケーキにするんです。店内あたりに出てきているものは、常温でずっとおかれますね。すると香りがものすごく増してくる。そして翌日にケーキに使われるんです。

段階として、調整をしようと思うと、桃なんかだと、
5度になると、熟成がものすごく遅くなる。それが温度を高くすることによって熟成が進んでいく。フルーツの貯蔵庫には、いくつもケースが並べてあって、その中から、今日はこれが使えそう、これが使えそう、と選んで作るんです。
だから、私自身、今日のお菓子が何種類かというのは意識の中に無い。その日のいい状態のものが
20種類だったら20種類になるし、もしかしたら15種類しかできないかもしれない。

私はこの『オ・グルニエ・ドール』は小さいお店だからできることをしようと思って。だから量産ができない。量産する必要が無い。だから商品をストックするための冷凍庫はありません。
冷凍が悪いのではなく、その必要がないんです。必要ないですから、スペースがもったいない。

前日に準備し、当日調理し、ケーキになる。だから一番簡単なことをしているんです。一番簡単でかつ、一番不効率なことをしているんです。普通のお菓子屋さんというのは、お客さんが来られる分だけ、全員に対応していかれる。だから、無くなったということがないようサービス対応する。
私の場合、せっかく遠くから足を運んでいただいたにもかかわらず、夕方、閉店間際になると、ほとんど商品がないという状態になってしまう。お見え頂いているにもかかわらず申し訳ない・・・、という状態になってしまうんです。

・・・・非常に勝手です。わざわざ足を運んでいただいたにもかかわらず、商品が無い。
だから、せめて私達が来て下さった方にできることは、次に足を運んでいただいた時には、必ず本当においしかったと言って頂けるようなものを作らなくてはいけない。来ていただいて商品が無かったにもかかわらず、『又来ていただけますか?』と言わなくてはいけない。
だから、次の期待に応えられるようなものを作るためには、果物にしても、その日の状況、(完熟度)が最高のものでないといけないんです。自ずと、その日に提供できる商品が限られてしまう。

・・・・お店というのは、店主がどう考えて、どういうコンセプトでやるか・・・、これがとっても大事なことですね。



【再び足を運んでいただける味の追求】
私が、大切だと思う事は、『こうして食べてもらうともっとおいしいですよ。』ということをしっかり告知すること。
それをしっかり訴えないで理解してもらうことは、難しい。

『味』というのは教えてもらったものです。『味』というと自分が持っている味覚のように思うんだけど、どう感じ取るかという事を教えられないと、分からない。初めて食べたものでも、今までに食べたものの記憶の中からそれがおいしいかどうか判断する。
何を持っておいしいといえるのか・・・・、食べなきゃ分からない。色んな事をそこから聞き、感じ取ることが大切。料理とかお菓子の作り方とか、配合なんていうのはすぐ忘れてしまいます。でも、味、味覚の感動というのは記憶として残る。決して消えない。それはずっと残り続けますから。

・・・感動していただける味であるとか、空気であるとか、接客であるとか・・・。本当に心地のいい時間を過ごしてもらえて、そして本当においしかったと思っていただいて再びここに足を運んでもらえたら本当にうれしいですね。

難しいのは、私一人では出来ないということです。はじめ、私はこのお店では、私一人で厨房でお菓子をつくり、妻が表で接客をするというスタイルでやろうと思っていたんです。その範囲でできることをしようと。
ですが、本当に幸せな事に、これだけのスタッフを迎えることが出来、それだけのスタッフを雇えるだけのお客さんに来て頂けることになってきたんですけど、幸か不幸か・・・・。
ただそうなると、逆に私が志している部分を、いかにきちっと常にスタッフに伝え、スタッフが感じ取ってくれて、私と同じ意味合いの部分を再現してくれるか・・・・、それが日々格闘ですね。

作り方っていうのはとても簡単なんです。テクニックもとても簡単。ベーシックな当たり前な事を当たり前に行っているんです。後は、精神的な部分がすごく大きな部分です。相手を思いやる気持ちと、おいしいものを作ろうと思う気持ち。

本当にそれがおいしいものなのか、素材を自分で感じ取りながら、見極めて作っていかないといけない。それが毎日なんです。決められた配合と決められた方法・・・、それは、一時加工されたものを使えば出来る。あまりぶれの無いいい商品を作ることが出来る。
しかし私のところでは一時加工したものを使わないので、最初の見極めの時点で
1つでも間違えてしまうと、とんでもないものになってしまう。そのブレを極力失くすためには、ちょっとした思いやりと、おいしいものを作ろうとする精神力を維持しなくてはいけない。そういう日々の積み重ねがスタッフみんなにとって、とても大きな訓練であり、体験なんです。これをよく見ておいてほしい。そして自分が何をするべきか選択していってほしい。そういう事をベースにしながら物つくりをすれば、きっとお客様に理解してもらえるんだろうと思います。

毎朝その日の思いをみんなにお話します。不安であったり、うれしいことであったり・・・・・。
私は、シャペルさんに大きな影響をうけた。私の存在は、みんなにとってはそんなに大きなものではありえないと思うけれども・・・・。

 

 


【隣のおばちゃんにおいしいと言ってもらえること 一番トライしたかった】
私がお店を始めるにあたって一番に思ったことは、商売だとか売上だとかではないんです。
今までいろんなことを体験してきた感覚の中から作り出すお菓子が、向かいのおばちゃんや隣のおじちゃんに同じようにおいしいといってもらえるかどうか・・・、それが一番トライしてみたかったこと。
自分がうまいと思った事を同じようにお客さんが「おいしい。」と言ってくれて、
23回と来続けてくれる、本当においしいと捉えてもらえるものなのかが、まずもって一番最初にトライしたかった。

・・・・3年を迎えて、どうやら、自分が目指していることは間違いじゃないのかな、というのが少しづつ今思う事です。本当に錦(地元)の方々皆さんに来て頂いています。
お店が分かり難い所だから、錦の近所の方が案内役みたいになって、うちのショップカードまで持って帰って案内して下さる。とっても暖かい人達に守られてます。
今、本当に幸せをかみ締めていますね。

 


【優しい大家さん】
大家さんに私がやりたいという思いをぶつけてこの場所を貸してもらいました。
河原町 かどこかに販売の店舗を借りて、製造場所として使えば良いと言って貸してくださったんです。「あんたに今言えることは、計算したらあかんよ。」ってアドバイスして下さって。自分なりにその言葉をしっかり受け止めました。

最初すごく心配して下さって・・・。お店の前のビルに住んでおられるんですが、ずっと見守って下さっていた。

オープンしてから1ヶ月経つか経たないころから土曜日、日曜日になると、お店の前に人が並ぶようになってきた。そうしたある日、大家さんが来て下さってね。「今日、お客さん並んでいたね。良かったね。」って言って下さったんです。次の日も来て「今日も並んでいたね。よかったね。」って言って下さる。すっごく心配して下さっていたみたいでね。ご自分が苦労をなさってやってこられた方なのでほんと親身になってくださってね。すごく幸せを感じていますよ。

・・・しばらくして、大家さんが私の経歴のようなものを知ってくださった時に「私があんなに心配すること無かったじゃないですか」って言われましたよ(笑)。「とても感謝しています」って言いました。

 

 


【ケーキ教室】
「お客様を待つ事が出来る自分をつくろう、こんな場所だから」って。お店にすぐお客さんが来て下さるなんて思ってもみなかった。だからどれだけ待てるか。待つための方法のひとつが教室。こちらからアプローチをして、来ていただけるからね。

過去に東京でデモンストレーションをする事が、多かったんです。そんなときに「西原さん個人レッスンはしないんですか?」とよく言われていたんです。それを真に受けて、教室をやったんです。

教室に対しては、お店と同じくらいの比重を置いています。
現在は、デモンストレーション中心のクラスを、1ヶ月に7〜8講座開講しています。1クラス35名くらいです。
教室の運営に関しては、全て自分でやってますよ。
 

私の教室では、「今日はこのお菓子を作ります。」というのはないんです。
もっともベース(基礎)になる生地であるとか、味の表現の仕方のレッスンなんです。
「今日はこういう風な思いの中からこういった味を求めたいと思います。イメージする味を求めるために、今日はこの方法を紹介します。それを是非みてください。これが全て100%というわけではなく、
1つの方法として、引き出しにしまってください。いろんな場面にそれは応用できますよ。」といった具合です。

「より想像を深めたものを作り出すには、配合はいらない。」、そんなことをケーキ教室で私が言うと、皆さんは、なんて事を言い出すんだっていう様な顔をしていますね(笑)。
味を想像する・イメージする部分を教室では切々と説明をしているんです。とにかく、色んなものを見、食べ、自分で感じ取って引き出しの中にしまいこんでください。そんな、引き出しの中身をたくさん捕らえて帰ってくださいと言うんです。

・・・・私が過去に自分が感じ取ったこと、感激したことを・・・・、こんなすごいこと、素晴らしい人に影響を受けたことで今の自分があるということを、何かしゃべりたいのかも知れない・・・・。
そして、こんな風にこう作ればもっとおいしくなる、とか私はこんなすばらしいものを食べてほんとに驚いた、あなたも感じてみて、と伝えたい。ただひたすら自分が体験し、体験の上でしか物事をしゃべれないから・・・。体験と創造性によって大きく広がっていくだけのこと。

 


【ケーキ】
ほんとに自然体です。うちのケーキは、きれいと言ってもらえるようなもんじゃなくって、自然体です。
私のところは、タルトが結構多いんです。そして、ムース的なものが皆無に近いくらい、ない。別に、ムースが嫌いでというわけではないんですが。

『ライチのタルト』
ピスタチオ大好きなんです。ナッツ類は好きですね。
私は、タルト大好きで・・・。私が思うタルトというのはまず、主になる素材の味、口の中に入れると、まずそれが最初に来るものか、最後に来るものか、真ん中に来るものかという訴え方を考えます。『前か真ん中か後か』という考え方を常にしますね。
この『ライチのタルト』の場合は、まずライチが最初に来てみずみずしさがあって、そこにピスタチオとアーモンドクリームが全体に合わさっていく。そして、ずっと噛んで行くうちに、体温の熱が加わっていき・・・・、最後に本来のパート・シュクレの香ばしさであり、風味であり、生地本来の風味に包まれる。

私がすごく好きなのは、外から香る香りではなく、ふっと湧き上がってくる内からの香り。それが余韻として後に残る・・・・。
特に味っていうのは・・・よく分からないけど、味のインパクトとして印象に残るものというのは、舌で感じる味よりも、香りとしての味の方強い。インパクト、余韻どちらにおいても。香りがどのように出てくるかというのはすごく考えますね。味の組み立ての上で。

私の望むところは・・・、口の中で融合しているようで・・・、それぞれの素材が、それぞれに感じてもらえればいいなあと思いますね。
この中には日本の素材がはいっているんです。分からないと思いますよ。比較しなければまず分からない。ライチの中に日本酒が入っているんです。

ライチというのはヨーロッパから見るとものすごくエキゾチックなんですね。ヨーロッパから見るアジア・・・、オリエンタル・リッチ・エキゾチック・・・、というイメージがある。特にフランスの人なんかはそんなイメージを持っている。
そんな中で、エキゾチックなイメージの場所の素材であるライチは、ものすごく魅力的。何かはっきりとしたシャープな味ではなく・・・、何か思わせる・・・・。中国では楊貴妃がこよなく愛した素材であるというような物語がある。その素材自体に魅力がある。ヨーロッパには無い素材。ぶどうでもない・・・、何か特殊な味であり香りであり、かといって取り扱いを間違えれば、味がなくなってしまう・・・。

そんなイメージの中から、きりっと閉まるアルコールと何か合わせたいなあ・・と思っていた。すごくオリエンタルなイメージが頭にあったので、これは日本の素材の何かが合うかもしれないって。たまたま日本酒があって、なだの辛口のお酒を合わせてみたら、くっと味がしまって・・・・・。実は、はじめは、『ウオッカ』かもっとシャープな『スピリッツ』か、どちらかというとアルコールの度数が高いものをと考えていたんです。
そこを日本酒をプラスすることによって、口に入れたときの触感はやわらかく、でも、ぐっと来る、そして後から香りが出てくる・・・・、というイメージ通りのものになったんです。

『桃のタルト』
この桃のタルトはまず3分の1を切ってもらって、タルト、桃全て一緒に食べてください。
本来タルトは、切る時にナイフがカチンとあたるくらい、下手をすれば切ったときにタルトがお皿から飛んで出てしまう位なんですが、でも、そのくらいの状態というのが口の中でとってもいい触感を与える。必ず一番最後まで残ります。本来のパート・シュクレというのはそういう役目の生地なんです。

これが本当に難しい。と言うのが、この桃自体の完熟度がかなり左右するので難しいんです。
桃から種をとって割る。割ると中から種子が
出てくるんです。その部分っていうのがとってもビターであり、香りを持っている。アーモンドのビターもそのタルトの中にプラスされていますが、桃の果実だけでは出ないインパクトがあるでしょ。

加工を当然するんだけど、季節のものだから、加工をいきすぎないようにすることが大切。手をかけるんだけど、手をかけないで・・・本来の元の素材の味を壊さないようにする。
そこにタルトであり、クリームであり全く違ったものが加わってくる。素材とそれらの融合、バランスそして、桃自体の完熟度が大切なお菓子。

 

 


【一人息子へのアドバイス】
私の子供が・・・、息子1人いるんですけど、3年前高校の進学の時に、彼の今後の進路について話す機会があって。私自身、両親に好きなようにさせてもらって甘く甘く育ってきているから、子供に対してきつくいえない。
「お父さんもそうだったから、ああじゃないといけない、こうじゃないといけない、ということは言えない。だから、私たちが元気な間は、自分の思う事をすればいい。」と言いました。子供も作ることが好きでね。ギターがすごく好きでうまい。親ばかですね・・・(笑)。

作る道の方向に進みたい、調理の世界に進んでみたい、だから専門学校に行きたいと言うので、行けばいいけど、1つだけアドバイスしておくねと言いました。
「親としては、大学までは、面倒見よう。専門学校は私も行ったからいいと思う。でも、行く時期を考えてみたらどうか?お父さんは京都グランドホテルに
3年勤めた後、学校に行ったからすごく必要性を感じ、ものすごく身についた。それがすごく良かった。お父さんは、今、専門学校に講師として教えに行っているけど、半分以上は身についていないように思う。本当に必要だと思って行っていないから・・・。専門学校は、本当に必要とし、それを捕らえようとする人たちの為のものだと思う。今行くことは、あまり意味がないと思うね。お菓子の世界に半分以上惹かれる思いがあるんだったら、語学をやりなさい。私自身、言葉は仕事の中で覚えたものだから・・・、言葉がもっと分かればもっと素晴らしいものを得ることがあったと思う。だから語学をやりなさい。」

「私がお店をしているから、このお店をそのままもらえるからと思ってこの道を選択するんだったら絶対にやめなさい。私が65歳になった時、もし、あなたがこの仕事をしようと思うのであれば、私は売りますよ。あなたは買いなさい。売る相手は、他の人でもかまわないし、閉店してもいい。ここは私の思いでやったんだから、あなたの思いではない。あなたはあなたの思いのことをやりなさい。」とね。

自分が幼少の頃、父親にすごく厳しく育てられたので、子供に対しても同じように厳しく育ててしまいましたね・・・。こんな父親になりたくないなあと思っていながら、同じ事をしてしまってます。でも、今は、子供にとっては良かったのかなあと思います。
今となって息子が、『一番尊敬するのは父親だ。』って言ってくれているのを風の便りに聞かされたりすると・・・・嬉しいし・・・、間違っていなかったのかなあ・・・と思いますね。それなりのムチも必要なのかなあと思いますね。

 


【高野山 朱と黒と金の塗りのコントラスト ショコラティエへの思い・・・】
母親が34年前に他界してしまってね。京都という場所を選んだきっかけにもなったんですけどね。
先日、高野山にお骨を納めに行ったんです。お参りをして、お坊さんにお経を読んでもらって、ずっと座っていたんですね。

本堂のすばらしい塗りと飾られた装飾・・・、高野山って結構艶やかなんです。
黒と朱と金・・・。私は宗教は全く分からないのですが、その色のコントラスト、装飾、細工・・・、色んなものがすごく新鮮に感じて、ひたすら見いっていました。・・お坊さんの衣服もそうですし・・・、ほんとにきれいですよね。日本ってこんなに素晴らしい色がある。

黒でも真っ黒ではない。塗りの中に光が射しかかった所とかからない所と・・・。光が時間の経過とともに変わっていく様を見ながら、素晴らしいと感動してしまってね。

・・・・・今私は1つ立ち上げたいと思っている夢があって、それは、ショコラティエをしたいんです。わたしは、チョコレートが好きでね。実際にフランスでも、ベルナションなんかで学ぶ機会もあって、チョコレートが大好きなんです。今計画として3〜5年計画の中で少し考えている。方向性と形が・・・次の5年という中でショコラを必ずてがけたい。
これも私なりの方法とやり方と考えがある。
この日本の美というものを何か表現できないだろうか・・・、漆器のような塗りや独特の色・・・何か取り入れることが出来ないだろうか・・・、それを是非やりたいなあと思うんです。

 


【幸せですね・・・思い続けること・・・全て叶う
自分の好きなことをして、そしてそれを求めて皆さんに来てもらえる。自分の好きな事とでそれが出来るというのは本当に限りなく幸せなことだと思いますね。自分の好きなことで生活が出来るというのは・・・。好きこそ物の上手なれって言いますものね。好きだから一生懸命やります。だから深く突き詰められる。そういう状況は幸せです。

ちなみに血液型はB型。典型的なB ですね。みんなに言われます(笑)。我が道を行くって感じです。我が家は全員B型なんです。全員が外を向いて放射線状に進んでいっているんです(笑)。

ほんとにひたすら自分で幸せだと思うんですけど、思ったことって全て叶いますね。やっぱり、思い続けること・・・それが大切。でもあまり無理をしてしまうといけないので、無理をしない部分の中で、思い続けること。常にそのことに対して意識があると、必ず願いが叶う。・・・近い将来の夢を一つ一つこなしていく。


・・・65歳で閉店
今の目標は、
65歳で閉店することです。別に子供に残すことも無く、とんでもなく大きな野望を持っているわけでもない。
ただ、自分の過去の経緯と自分の思う部分の確認が出来、毎日の生活が楽しく過ごせればいい。
1
つの区切り、目標として・・・・、事に対する熱意があるまでやる。

65歳の531日が閉店日です。その時に閉店できてよかったね。って言えたら・・・成功なんです。

自分の人生を振り返ってみると、過去計5年間のフランスでの経験の中で、お金だとか給料とかではなく、フランスのそこで動けたことがまず大きな経験だった。手に職を覚えるという職業だから、自分の手でいくらこなしたかが自分の体の中に捉えられるていく。
もちろん脳の部分もあるけれども、まず、自分の体を動かさなければ得られない技術がたくさんある。・・・精神力と体力と。その上にこうしたきれいなお菓子が出来上がっていくんです。
ただ単に配合一つ一つ捉えたら簡単なものなんです。しかし、その考えにいたるまでに常に常に常に常に・・・、よりおいしいものを・・・、より上昇しようとする気持ちを持ち続けられるか持ち続けられないか・・・。職人は常に上を求める。これでいいというものはない。・・・・がゆえに、長くは続けられない。そういう思いがあって。

65歳という年に終えられることが最高です。それまでは、燃焼し続けます。その後は、リラックスして、経営者としての責任感を全うしなくてもいいような状況に・・・、なればうれしい。

 


取材を終えて・・・つぶやき・・・
西原シェフの独創的な世界・・・、たっぷりとお話をお聞かせいただいた後、私のあたまの中に『文化』という1つの言葉が浮かんできた。日々の生活の中ではめったに思い出すことも、意識することも無い言葉が・・・・。

『文化』・・・それは、人間が創りえるもっとも美しいものではないかと私は思う。いつの時代も人の心を虜にし、人はそれを追い求めようとする。
この方とお話しさせていただき、そんな高貴な崇高な美しいものを見せていただいたような気持ちになった。

この方は、自ら経験し身につけた技術、経験、知識を元に新しいお菓子の文化を作っておられる方なんだと感じた。ヨーロッパの文化・日本の文化を学び、ご自身のなかでしっかり消化し、吸収し、新たなお菓子の文化を作り出される。
この方のお話をお聞きし、『パティシエ』とは、『文化の創造者』であり、『文化の継承者』でもある・・・そんなことを思った。

・・・目の前でお話しして下さっている西原シェフは、もちろん日本語でお話してくださっていたのですが、私は、ふいに変な錯覚に陥る瞬間があった。西原シェフのお言葉にはとても優しくゆるやかな一定のリズムがあり、聞くものをなんとも言えぬ安堵感で包み込んでくれる・・・・。なぜか私はフランス語の詩を聞いているような・・・そんな心地良い気持ちになった。

西原シェフは、この京都という土地の持つ独創性を肌で感じ、感覚的なものに導かれて選ばれたのではないだろうか。
・・・古いものに敬意を示し、大切にしつつ、それでいて、新しいものをどんどん受け入れ、取り入れていく。『新・古』の融合が絶妙なバランスで保たれ、新しい文化として町を彩っている・・・・色あせることが無い・・・そんな部分が京都とパリは似ているのかもしれない。
『オ・グルニエドール』は、そんな表裏一体な『新・古』『和・洋』の要素の融合。
訪れたものは、今まで見たことも無いような空間、世界観に驚かさせる。

京都は、私自身学生時代をすごし、1年間程生活をした土地でもある。私自身、京都という町の持つ不思議な魅力にいまだ魅了され続けている。
・・・そんな土地に西原シェフのお店があることを本当に幸せに思います。

 

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