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パティシエのクチコミ!


厳選パティシエじゅずつなぎ

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No.32
Konzert 大阪エリア
 
【お店】コンツェルト (泉北店)
【パティシエ】宮本 雅巳

【住所】 590-0132 大阪府堺市原山台1-2-4

【TEL】072-295-3900
【FAX】072-295-3901
【定休日】年中無休
【営業時間】9:00〜21:00
【駐車場】13台 【喫茶】52席
【HP】 http://www.konzert.co.jp/

【パティシエ・プロフィール】
1964年 生まれ
1982 辻調理師専門学校
1983 南海グリル ベーカリー部門 入社
1985 『ケベック』 入社
1991 コンルェルト 狭山店 独立
1996 コンルェルト 狭山店 移転
2000 コンルェルト 泉北店
2002 コンルェルト 河内長野店
2002 コンルェルト 北花田阪急店
2004 コンルェルト コムサストア梅田店
2005 パティスリーMIYAMOTO

【パティシエ】 宮本 雅巳

 

高校は超進学校・・・・親にだまって辻調へ願書提出
高校の時、僕は超進学校へ行っていたんです。男は99%、僕らの時代で言う共通一次試験を受けていた・・・堺にある泉陽高等学校です。
そこでは水泳部に所属していました。中学高校と水泳部。高校の時、朝昼晩と泳いでいましたよ。朝は早く行って朝練して、昼休みは
3時間目と4時間目の間に昼ごはん食べて昼休みに泳ぐ・・・それでまた放課後泳ぐ・・・高校3年の秋までずっと泳いでいました。


高校の時は本当は体育の先生になりたかったんです。筑波大学の体育科に行こうと思っていたんです。走るのも早かったし持久力もかなりあった。水泳でもそこの高校記録を塗り替えているんですけれど、限界を感じてね。僕は比較的小柄でスポーツをするには不利。もうこれ以上はいかないという限界を感じてスポーツの道はあきらめたんです。それでもう一つ同じぐらい好きな事が料理の道だったのでこちらを目指そうと思いました。
昔から台所に立つ子供だったんです。日曜日のお昼御飯は僕の仕事になっていた。とにかく好きだったんです。いつも台所ウロウロしていました。


だからもう高2ぐらいの時から料理の道に決めていました。行くなら料理界の東大、「辻」と決めていました。両親には全く相談しませんでした。勝手に願書取り寄せて勝手に書いてハンコ押して・・・。
・・・ウチの親は僕が兄貴よりも良い高校へ行っていたからストレートで大学へ行って・・・という夢があったみたいです。ウチのお袋は戦時中だったんで小学校もろくに行ってないような世代だったから、学校や学歴にコンプレックスがあったんでしょうね。だから良い大学に行ってほしいとすごく思っていたようです。幼稚園もなぜか貧乏なのに私立の幼稚園に行っていました。だからそういう意味では期待していたんだと思うんですよ。それを何も相談せず勝手に辻調へ願書出して、進路をきめてしまったものだから・・・・かなりショックだったみたいです。辻調に進学することを知った時・・・ウチのお袋は一週間メシを作ってくれませんでしたね・・・メシ作ってくれているんですけど「ご飯できたよ」って言ってくれなかったですよ。

その代わり学費は自分でアルバイトして・・・、全部は無理でしたけれど3分の2ぐらいは自分で・・・。あの当時で
120〜130万要ったのかなぁ・・・。自分で勝手に決めたことだから責任はある程度自分で果たしたかったですからね。大学へ行っていたらそんな事しなくてもすんだんでしょうけどね。
辻調にいた時は、フランス料理のコックになろう!パリで修行するんだ!と思ってました。

辻調は1年間に日本料理、中国料理、西洋料理、製菓をさらっと勉強するんですよ。1年間いろんなことをしてその中でお菓子に興味を持った。ウチの親はサラリーマンだったのであまり贅沢な思いしていなかった。ケーキを食べた記憶もないぐらいお菓子には無縁な家庭だったんですけど。

 


お菓子の世界・・・自分の存在価値をすごく感じた
いつも言うんですけれど、料理って例えば松坂牛・オージービーフとあったら、いくらがんばっても松坂牛には勝てない部分ってすごいあるじゃないですか。料理では素材ってすごくウエイトが高いような気がするんですよ。
でもお菓子って卵とお砂糖とバターと小麦粉がスポンジになるんですよ。知っているからこそ材料が分かりますが、知らない人から見るとどうしてこんなものがこんな形になるんだ、というぐらい激変するじゃないですか。それは人間の力だと思うんです。だからそこに自分の存在価値をすごく感じた。

大学を出てサラリーマンではなく職人の世界に入ろうと思ったのも、歯車の一個ではなくて歯車の中心で自分がいたいって・・・そういう気持ちがあったからでしょうね。サラリーマンではなく職人の道を選んで、料理に興味があったんで料理の世界へ行って・・・料理の世界の中でもお菓子が一番人間のウエートが高いと感じたんですね。
もちろんあんまりお菓子に詳しくなかった、知らなかったというのがあってすごく珍しかった。シュークリームが何であんなに膨らむんだろうって素直に感動した。辻調へ半年ぐらい行ってからようやく自分でオーブンを買って、シュークリームとかスポンジを焼いたっていうぐらい、お菓子の世界のデビューが遅いんですよ。だから僕の中学高校時代を知っている友達とかは絶対想像できない世界・・・。別に芸術に興味あったわけでもないし、器用なわけでもなかったから・・・ホントに誰もが信じられない世界へ入りましたね。



人生最初の挫折・・・就職面接
学校へ行っていたから学科はすごく出来たんです。辻調からの就職も推薦で、その時に丁度大阪全日空ホテルが開業の年だったんです。大阪全日空ホテルへ推薦で行って、学科試験して面接して・・・学科はね、ほぼ満点に近いくらい出来た自信がありました。集団面接も通って最後の個人面接で・・・見事に落ちたんですよ。

今から考えるとすごく生意気だったんだと思います。お菓子の話をいっぱい聞かれてすごく生意気に知ったかぶりしたんです。本を読んだりしていたので知識だけはあったんです。その中で「お菓子作りで一番大事なことは何?」って聞かれたんですよ。僕はね、味とか素材とか・・・そんなことを言おうとしたら、「違う!」と言われて・・・。
自分は自信満々で答えているのに違うって言われて・・・パニックになって訳の分からないこといっぱい言ってるんですよね。それで最後に「君は人の口に入るものを何だと思っているんだね」という話になって・・・説教になったんですよ。「一番大事なのは衛生観念だよ」と言われて「それがないと、いくらおいしいものでもダメなんだよ」ってね。多分ホテルだからそういう事に厳しい世界だったんだと思うんです。そこで「あーもう落ちた・・・」と思いましたね。案の定、見事に落ちました。

僕のこれまでの人生の中で落とされた事がなかったんですよ。なんでも、スイスイスイスイ来てたんで・・・すごいショックで、もうどうでもいいや、という感じに投げやりになって・・・
親の知り合いで、地元でベーカリーやっているから行かないかと言われて言われるがままそこに就職したんです。

 


 『ビフテキの南海グリル』ベーカリー部門へ就職そして『ケベック』へ
辻調を卒業してすぐは、堺の『ビフテキの南海グリル』という会社のベーカリー部門に入ったんです。だから最初はパンとケーキをやっていました。朝5時ぐらいから一人で行ってパンを練って先輩らが来たらパンをカットしながら・・・。パンが終わってからケーキを焼く。だから朝5時ぐらいに行って9時か10時ぐらいまでやっていましたね。結構一生懸命やりましたよ。
その時のチーフから学園前『ゲベック』のチーフの人見さんという人の話を聞かされて・・・・、すごく憧れてどうしてもこの人の下で働きたいと思って『ケベック』に行ったんです。『ケベック』で修行をしていた時は、ケーキ屋さんが一番勢いがある時代だったんで、出したら出しただけ売れる・・・そんな勢いだった。


1店舗目、狭山店・・・夢をかなえたような気持ちだった
1店舗目のお店を持った時・・・19でこの世界に入った時の夢を叶えたような気分でした。
それが26歳10ヶ月ぐらいでした。その時は結婚と同時でした。店するから結婚したという感じですね。新婚旅行も行かずに・・・内装工事やりながら引越しして式を挙げて・・・みたいな。
経験は7年ぐらいしかなかった。16坪ぐらいのテナントでした。今の狭山店の500メートルぐらいずれた所のちょっと奥まった、さびれた商店街・・・。何店舗かいろんなお店が並んでいましたね。当初は・・・全然売れなかったですね。


【コンクール・・・今やれることはどうしてもやりたい】
この世界に入って1年目からコンクールをやり始めたんですよ。大阪のコンクール、クリスマスケーキのデコレーションを作るコンクールからやり始めて・・・。今の自分がある大部分はコンクールだと思うんですよね。

最初の10年ぐらいずっと出していましたね。自分のお店を持ってからもやっていましたから・・・。
皆勤賞なぐらい全部出しました。当時、製作・持込・焼き菓子・小物など4つか5つの部門あったんですけれど、全部に出すんですよ。
よく1つに集中したほうがいいものが出来るんじゃないか、と言われたんですけれど、今やれることはどうしてもやりたい。本当に全部に出していた。
普通のお店の顔と、そういう専門の技術の顔というのは全く違います。工芸菓子は出品の2ヶ月ぐらい前から、仕事が終わったあと夜に製作するんです。夜中2時3時までやってましたね。ゲベックに居る時は仕事がハードだったので朝5時ぐらいから終わるのが11時ぐらい、それから工芸の時間をとって2時3時・・・。ホント3時間睡眠ぐらいでコンクールに出ていたんです。でも何か一つに集中して一個作るのが嫌だったので、全部門に出品していた。やれることは全部と思っていたから余計にハードだったんです。
入らない年は全部入らないんですけれど、入る年は5個出した内の3つぐらい入賞したりとか、そういう時もあったりして・・・。入賞するだけがやりがいではないんです。人がやっていないデザインとか技術とかを出したときに、別に入賞しなくてもコンクール仲間が「これどうやって作ってんの?」とか聞いてくるじゃないですか。そういうのがすごい楽しくて・・・。

小山さん(パティシエ・エス・コヤマ)もそんなコンテスト仲間です。全然お互い知らなかったんですけどテレビチャンピオンぐらいからすごく仲良くなったんですね。昔話でコンクールの話になった時に分かったんですが、京都であった西日本のコンクールで僕の前の席で作品作っていたのが小山さんだったんです。
全然顔は覚えていないんですけれど、お互いの作品を覚えているんですよ。僕がリスを作っていて小山さんがかたつむりとあじさいを作っていたんですよ。「あれ小山さんだったんだ!」という話になって、10年ぐらい経って、話の中から出てきたんですよ。若い時って店の名前は分かっていても本人の名前は売れていないからお互いに記憶にないですよ。入賞して初めてどこどこの誰はすごいなぁと思うけれど・・・、その時二人とも7位か8位で下のほうでどっちが勝ったかわからないぐらいの入賞だったんですよ。
そういうコンクール仲間は多いですよ。名古屋の『マリオットアソシアホテル』の松島シェフもコンテスト仲間です。僕らの世代は仲が良いですよ。小山さん(パティシエ・エス・コヤマ)もそうですし、横川さん(
T.Yokokawa)や広島の花口さん(パティスリー・イマージュ)もみんな同世代ですから・・・。みんなたまたま同い年なんですよ。39年生まれです。39年はすごいですよ。岐阜の小竹さん(フランボワーズ)もそうですしね。全国で39年の会が出来るぐらいです。



TV東京 テレビチャンピオンでの優勝】
16坪ぐらいでやった最初の狭山店は6年ぐらいでした。その間にテレビチャンピオンというのがあって、それは僕は見たこともなかったです。出場者を東京とか大阪とか九州などの各地から集めたいということで協会から僕の名前がテレビ局の下請けの制作会社に推薦されたんです。それで電話が掛かってきて、全然知らなかったけれど何でもやりたがりなんで、出てみようかなということで出たのが最初です。
それでたまたま優勝したんです。一番最初に出たのが95年かな・・・。たしか第6回目の洋菓子大会でしたね。最後は千葉の結婚式場で決勝に残った3人がウェディングケーキを作る。2メートルぐらいのウェディングケーキで脚立に乗って仕上げていくんです。そこの披露宴に出席している人が、そのカップルにはどのケーキが良いかって投票するんです。その時も2週間以上寝ないで作りましたね。話来てから2週間ぐらいで収録だったんですよ。大変でしたよ。

その時は車で予選を往復して、決勝で往復して・・・。番組をあんまり知らなかったので反響がそこまであるとは思っていませんでした。テレビ放送の後1ヵ月半ぐらいはホント2時間寝れなかったかなぁ・・・。滅茶苦茶忙しかったです。その時スタッフは3人ぐらいだったかなぁ。だからたいした量も作れない。本当に忙しかったです。でもそれがきっかけで固定のお客さんが増えましたね。

 


各店舗のお店のコンセプト
『現在の狭山店・・・職人気質のお店(作り手側からの提案)』
【住所】〒589-0022 大阪府大阪狭山市西山台2-13-18
【пz072-368-2334 【Fax072-368-2337
【営業時間】9:00〜21:00 【定休日】年中無休 【駐車場】5台 【喫茶】24席
テレビチャンピオンに出てからお客さんが増え始めたので製造の子も入れたんです。それで厨房がすごく狭くなった。お客さんがたくさん来てくださるのに店が狭かったので移転したのが今の狭山店です。それが90坪ぐらい。1階がお店で2階に住んでいました。

このお店は職人からスタートしているから職人のこだわったケーキばかり並べていました。でも時代の流れは関西はシュークリームやロールケーキという時期で・・・でもそのショーケースの中にロールケーキは並べたくは無かった。


『泉北店・・・お客様に分かりやすいお店(食べ手側からの提案)』

【住所】〒590-0132   大阪府堺市原山台1-2-4
072-295-3900  【Fax072-295-3901
【営業時間】9:00〜21:00 【定休日】年中無休 
【駐車場】13台 【喫茶】52席

シュークリームやロールケーキ・・・職人としてはあまり面白くない。でもお客さんはそういうものを求めている。だったらそういうものを出せるお店を作ろう。そう思って探して作ったのがこのお店なんです。ここは値段もちょっとリーズナブルにして、食べる側から分かり易いお店を作った。商品は各店3分の1ぐらいは売れ筋として定番であるんですが、それ以外は全部各店で開発しているから3分の2は違います。・・・ここは見晴らしがすごく良いんです。

『河内長野店・・・素材にこだわったお店(素材の提案)』
【住所】〒
586-0038   大阪府河内長野市上原西町13-6
【пz0721-52-0852  【Fax0721-52-0853
【営業時間】9:00〜21:00 【定休日】年中無休 【駐車場】25台 【喫茶】42席
それから2年経って3店舗目が河内長野店。ここは一番素朴な街というか田舎なんです。山がすぐそこに見えてる。このお店では、素材や質感にこだわったりたかった。だからテーブルなんかも丸太の切りっぱなしのテーブルだったりとか食器も全部陶芸家の人に手で焼いてもらったりしている。ケーキも出来るだけこだわったお砂糖であったりとかフルーツからケーキを作っていこうという・・・ここは素材から始まっているお店。
ここではジェラートもやっているし、2階にお菓子教室のスペースもとってあるんです。贅沢でしょう?そこは普段何も使っていませんから・・・。1階の喫茶よりも2階の方が見晴らしが良いんですけれど普段は何にも使っていない。(笑)


『お菓子教室(河内長野店)』

お菓子教室は今、月に6クラスぐらいです。ピークは10クラスあったんですけれど僕の時間が無いので・・・。講師は僕と書いてしまったので、今は6クラスです。レギュラーコースは6回で、月1回です。初級、中級、上級まで行くのに1年半ぐらい掛かりますね。

それと月替わりの一回だけの単発が毎月2クラスです。月替わりは2時間でレギュラーは2時間半なんですけれど大体4時間掛かるんですよ。一人一人が作って持って帰ってもらうんで失敗したらやり直すんです。
厳しいですよ。カスタードを4回焦がした人なんて、もう腕がパンパンになっていましたから。来られる方は初心者ですよ。何回か来てる人やできそうな人をちょっと遠目に見ながら、危なそうな人に付きっきりでやるんですけど、ちょっと目を離すと失敗してしまう。助手の子に「また計量や」って言って、また・・・。今までもう2年半、持って帰れなかった人は誰も居ない。お菓子作りは体力と気力かなぁ。


『阪急北花田店・・・生まれ故郷に帰る』
【住所】堺市浅香山町4-1-12
【пz072-246-5753(直通)【営業時間】10:00〜20:00

その後が阪急北花田ですね。去年の10月です。ここが、百貨店の常設1号店です。しかも3階。
百貨店の3階に洋菓子専門店を作りたかった。ここが実は一番喫茶の席数が多くて、54席あるんです。東浅香山町って言う場所なんですけれど、僕が生まれた所なんです。丁度僕が少年野球をやっていたグランドがあって、そのグランドの跡地にこのデパートが出来たんですよ。だから出店の依頼を受けたんですけどね。生まれ故郷に帰る・・・みたいで。


『コムサストア梅田店・・・店舗イメージはロールケーキ』

【住所】〒530-0011  大阪市北区大深町1-1 ヨドバシビル コムサストア梅田7F
【пz06-6359-5805(直通)【営業時間】11:00〜23:00
その後、その11月に梅田が出来たんですよ。ここもスイーツのフロアーが出来るというお話を頂いて、やっぱり大阪の中心地、人目に触れるところでのお店。南大阪で今までがんばってきてるけど大阪を代表するお菓子屋さんになりたいなぁというのもあって、出店を決意しました。でも変わったことがやりたかった。コンツェルトってこんなことも出来るんだという・・・。
ここは今までお菓子とか食べ物をあんまりやったことのないデザイナーさんに設計してもらったので風合いが変わった感じに仕上がった。壁もブリキの板を自分らでたたいてベコベコにして壁にこう・・・。間接照明で・・・。実はカウンターがロールケーキなんですよ。ロールケーキの断面のようなカウンターなんですよ。壁からこう・・紙が包み込んでいるようなイメージで壁をボコボコにして・・壁にラインが入っているんですけれど、それがリボンのように箱を包んでいるというコンセプトなんですよ。

『パティスリーMIYAMOTO・・・・お菓子の最高級ブランドを作りたくて』
【住所】
大阪市中央区難波5-1-5 タカシマヤ大阪店地下東館
【пz
06-6631-1101
パティスリー
MIYAMOTOはお菓子の中の最高級ブランドを作りたくて・・・。
東京ってカリスマパティシエと言われる人がいっぱいいるじゃないですか。関西ってそういう言い方しないですよね。そういうのがなんか悔しいというか、関西生まれで関西育ちでこういう人
間もいるんだぞ、というのを出したかった。だからわざと自分の名前を付けて、今までにないような高級ブランドのイメージを創った。
特徴として何か考えたときに、小物ケーキをやめてホールだけで行こうと・・・。お客さんに分かり易いじゃないですか。・・・そういうはっきりとしたコンセプトのお店を出そうということで始めたのが3月ですね。

取材は『パティスリーMIYAMOTO』が出来てからはもう・・・すごいですね。ほとんど毎月何かに載っていますよね。何の取材を受けたかも覚えていない・・・。ここは別ブランドですね。コンセプトが「スーパーブランド」です。
ヴィトンとかエルメスとか、ああいうコンセプトのお菓子屋さん・・・。僕がこういうのをやりたいって言ったら高島屋さんがここで好きなことをやってくれと言ってくださって。

話の中で高島屋さんが「ヴィトンが一階、2階にエルメスがある。そこに来るお客さんが地下1階に下りてきたときに買う物がないと言うんです。」と。上の階で今30万のバックを買ってきた人が300円400円のケーキ・・・。もうちょっと何か付加価値が付いて高級感のあるものを・・・。そういうお客さんが下りてくるようなお店を作って欲しいっていう思いもあったみたいです。
僕もジュエリーショップのような、お店・・・一段のショーケースで真っ黒の中でケーキのフルーツの華やかさだけが輝いているような・・・そういうお店を作りたくて・・・、ちょっと思い切って・・・。あそこはフルーツのタルト中心なんですが、「今月の
MIYAMOTOスイーツ」というコーナーもつくり、その時期の旬のものを一月だけ限定でということも提案しています。


同じ事をするのが嫌なんですよ・・・
マンネリするのが嫌・・・同じことを繰り返すのが嫌・・・。だから今ある6店舗も全部設計を違えたりとかコンセプトが違ったりする。今出店してきているのも、ただ単に売り上げを増やすとか、店舗数を増やす、拡大する出店ではなくて、1店舗やっているときにそこで出来なかったことをやりたくて、次やって・・・その2店舗目に出来なかったことをまたやって・・・という風にやりたいことを表現するための場所を広げていったという感じ。
最後の難波のパティスリー
MIYAMOTOなんかは路面の洋菓子専門店では出来ない・・・。12cmのタルトを3000円ぐらいで売るなんて普通じゃ出来ない・・・と言ってもあそこなら出来る。そういう場所とかコンセプトとかでやりたいことをやってきた。結構あらゆることをやってますね・・・。お菓子というキーワードの中で出来ることは全てやりたい。変 わり者は変わり者です・・・。

僕の場合は自分らしさというのは総合力のような気がするんです。だからどれか一つとか、単品でこれ、というものよりも、お菓子の中で可能性を秘めていることを全部やりたい。その時その時のやりたいことを形にしているだけ。だから計算してとか計画立てて、というのはないんですよ。お店にはその時その時の自分が表現されている。


お菓子を通してたくさんの人に喜んでほしい
19歳でこの世界に入った時、小さなお店でもいいから自分のレシピのケーキを売りたいと思って入って、それが最初のお店を持ったときに実現して、そこから先は全然自分で想像してなかった世界です。その時その時やりたかったことをやっていっているだけなので、特別人より秀でた部分なんてないです。普通です。だから誰でも出来ると思うんですよ。僕は自分が作ったお菓子で人に喜んでもらいたい。自分が作ったお店でたくさんの人に喜んでもらいたいと思うんです。

僕あまりお菓子食べないんです。僕の考え方で言うとお菓子食べるのが好きな人は一人前のお菓子屋さんになれないと思うんですよ。自己満足で終わるから・・・。人がなんと言おうと自分がおいしいからこれでいいんだ、ではなくていろんな人、いろんな好みのある人、たくさんの人に喜んでもらえるお菓子ってどんなんかなぁって考えていったら、たくさん喜んでもらえるでしょ。人に喜んでもらうことが好きなんですよね。


お菓子を通してたくさんの人に喜んでほしい
僕が今一番やろうとしている事は、僕の店にいる若いパティシエや見習いの子達を、僕が今までやってきたことは全然普通のことで、自分らも頑張ったらお店持てるし、自分のケーキ出せるんだって思える子に育てていきたい。
だから今3店舗こっちにあるお店の商品開発は1年生の子でもやるんですよ。やりたいです、と言った子にはやらすんですよ。そりゃあ4年生5年生達が3回か4回やったら僕に
OKもらえるケーキを作れると思うんですけど、1年生の子が作ったら20回も30回もやり直すんですよね。お店に出せる商品が上がって来るまではOK出さないから・・・。
開発コストはすごく掛かるんですけど、その子にとっては自分がやりたいと言ったケーキを作れたという自信になったりとか、お菓子を開発するってこんなに大変なんだとか、こんなに勉強しないとだめなんだ、という経験が出来る。そういう経験が自分がお店持ったときに役に立つと思う。

苦労して出来上がったお菓子が、もし僕がレシピをチョッチョッと書いて「これ作っといて」と言って出来上がったケーキと、全く同じだったとしても、一から散々苦労して作られたお菓子のほうがおいしいはずです。その子の想いがこもっているから・・・。だからコストが掛かろうとなんであろうと、やりたい子にはやらせてあげるんですよ。やりたい子がいなかったら僕がやるんですよ。でも今、各店やりたい子が多くて僕の出番がないくらいです。
そうやって出来上がったケーキはショーケースでチェックする回数が多い。自分のお菓子と思っているから・・・自分が商品開発した時より苺の向きが違うとか、そんなことにもこだわるぐらい・・・。今日何個売れたかなぁとかね、人の考えたお菓子だったらそんなこと気にもしないのに、自分が考えたお菓子は気になる。

研究開発費として、その子に勉強になる材料の使い方じゃなかったらそれは無駄です。そのお金を作り出しているのはそこで頑張っている子達ですからね。頑張ってる子達にはそういう形で還元してあげたい。
例えば給料1万円高く出してあげても友達と遊びに行くとか服を買うで終わるけれど、1万円分材料使おうと思ったら相当いろんな勉強が出来るし経験も出来る。腕に財産が付くと思うんです。だから材料はどんどん使わせています。

やる気のある子はどんどん伸びていきます。伸びる子とそうでない子の差はすごいです。そういうやる気のある子を育てていきたい。そういうお店でありたいなぁって・・・、だから僕は人を育てる環境作りをしている・・・プロデゥーサー的な、お菓子を作って人を喜ばせる事から、お菓子を作って喜こんでいる子達を作る・・・それを喜びにしている。大分変わってきましたね。

今全店合わせてアルバイトもパートさんも入れたら160人ぐらいいるんですよ。それだけの人間がみんなお客さんが喜んで帰ってくれたら嬉しいと感じるような場所にしていきたい。今一番やりたいことです。

そして、コンツェルトが多くの人目に触れたり知ってもらえることが、コンツェルトで働いている子達の自信になったり付加価値になっていくと思うから、今は声が掛かる事には出来るだけチャレンジしていっていますね。それが自分の役割のような気がしています。

1年生が世界大会の予選に出たいと言っても出しますね。その代わり途中で止めたりとか、コンクール迫っているのに全力をそれに注いでいないような子には2度とやらさない。商品開発もやりたいと言って、途中で止めたという子は2度と・・・。やり直しやり直しで時間がかかってもいい。僕は最後に出来上がったものを本人に食べさせ自分が一番最初に作ったものとの違いが分るか?と必ず聞くんです。どこが変ったのか、どんな風に変ったのかそれが分かっていなかったら一生懸命やった一回一回が無駄になりますからね。

僕はあんまり強制しないし注意もしない。一見すごく優しい・・・なんでもさせてくれる。だけど実はすごく冷たい。
やりたいと言わなければやらさない。ある程度距離を置いて見ているだけなんで、手取り足取り指導するわけでもない。勉強するのは自分だから自分でコツなり技術なりを見つけなさいって事。聞かれたら答えます。聞いてこない子にこっちからここはこうやで、とか教える事はしない。ある意味冷たいと思います。
自分でやらないと残らないと思うんですよ。教えてもらった事ってすぐ忘れてしまって全然自分の体に染み付かないし残らない。苦労して苦労して見つけ出した事がやっぱりその子の財産になる。コンクール出すのでもその子に入賞して欲しい訳ではないんです。その子が自分のデザインを作り上げる事のほうが大事だから、デザインを描いてあげることはしない。そういう環境は作っていっている。後は一歩踏み出すか、踏み出さないか。踏み出した子はその面白さが分かるからまたやってみたくなる。やりたいというのをダメっていうのは一切言わない・・・だからやりたいって言ったもん勝ち・・・。


月のノルマとか目標とか全くないです。逆に材料使い放題でコンクールに挑戦しろという感じですよ。5年経ったら海外研修へ行かしてあげたりとかもしています。僕も年に1回ぐらいは行くんですよ。去年の1月はイタリアの展示会があったので。そこで世界大会みたいなコンクールがあってその日本代表が2人ともウチの店に居った子だったんですよ。だから応援するという理由で行ってきたんです。そういうのは嬉しいですね。辞めた子らががんばっている・・・。その子らがいた時は僕も現役で一緒にコンクールやっていたから、すごい良い時期にうちにいたと思いますね。


【楽しくなければ意味がない!】
コンツェルトの座右の銘みたいなもの「楽しくなければ意味がない」。いつも言うんですけれど、楽しくなければやる意味ないんで辞めたらいいと思う。やりたかったらそれを楽しむために楽しむ方法を見つけたらいいと思う。
常にやりたいことをやってきているのが自分の今までじゃなかったのかなぁ、と思います。


僕自身ホントに普通ですよ。何か違うとしたらみんなが努力とか大変な苦労と感じることを、そうは感じない。だから楽しい。苦労と感じてしまえば多分そこでやめてしまってそれ以上は成長しない。楽しいから長時間やっていても全然気にならない。朝早くて晩遅くても全然苦にならない。楽しい事がいっぱい出来ていると考えられる人は良い経験出来ているから掴む事が多い。いかにそれを楽しい事と思えるか思えないかで、その差が出来てくる。気持ちの持ち方、考え方一つで人生って変っていく。

 


【顧問や技術指導の仕事】
技術指導とか顧問の仕事があって、全国色々行ってます。毎月顧問で行っているところもあるし、単発で行っている所もあるし、年間20回が30回は外の仕事をやっています。その時はケーキをバリバリ作りますよ。
作るのが一番楽しいですよ。商品開発している時が一番楽しいですね。・・・最近、自分でパティシエでなくなってきているなっていうジレンマがありますね・・・。


【子供の行事皆勤賞のパパ】
僕ね、子供の行事は皆勤賞なぐらい参加しているんですよ。運動会も文化祭もそうですし参観日でも昼間ちょっと抜けて絶対に行くんですよ。子供の行事は全部・・・。
子供が小さな頃は夜中に帰っても風呂入れたりとかオムツを替えたりとかもした。子供嫌いだったんですけどね。子供って言う事きかないし理屈が通らないでしょう。でも自分の子供だけは特別ですね。自分の子供は我慢できる(笑)。すごくなついてくれているんでね、たまにしか遊べないんですけれど・・・。

ここまで手を掛けたのに嫌われたらどうしよう、と思いますよ(笑)。いまだに僕と一緒にお風呂入れると言ったら大喜びなんです。僕とお風呂に入ったらお風呂で遊んでくれると思っているんです。・・・結構、嬉しいですね。
・・・昔から子供の誕生日には必ず子供の好きなキャラクターのリクエストを受けて作ってあげてましたね。小学校へ行き始めてからは家にスポンジと生クリームと苺と持って帰って、一緒に切って作るんですよ。
そんな事やってるから(子供も)結構作るのも好きそうなんですけど、あまりやらそうとか、そんな気は無いですね。


夢・・・
この世界に入った時もそうなんですけど、次の事というのは見えるんですよ。でも遠い先の夢はいつも見ていない。想像できない。自分の変わりようが自分でも分からなくて、この先何やっていくのかということは・・・、次何やるかと言われればあるんですけど、夢という規模なると・・・興味が無い。
今一番興味があるのはチョコレートですね。次はやっぱりチョコレート。「パティスリー
MIYAMOTO」で12,1,2,3月あたりはショコラテェエにしたい。だから今チョコレートの勉強しようかな、と思っています。



取材を終えて・・・つぶやき
南大阪を代表するような規模のコンツェルト。オーナーの宮本シェフにお話を聞かせて頂きました。この地域では、知らない人はいないのではという地位を確立されているお店です。現在6店舗どのお店もメディアをにぎわす注目のお店です。聞かせていただいた数々のお話しは経営者・シェフとしてというよりも一人の人間としての根本を突き詰めたようなお話しでした。なんと前向きでなんと潔いんだろう、そしてなんて大きなスケールで物事を捉えておられるんだろうと感心しました。「いかに楽しいと思えるか・・・・気持ち1つで人生って変わっていく。」この言葉が印象に残っています。何度も何度もうなずきながらお話しを聞かせていただきました。

人間的な温かみと厳しさの両面を持ち備え、なんともいえない凛とした雰囲気をもたれている。男気のある方とはこういう方のことを言うのかなあ・・・と。

あんなことをやりたいこんなことをやりたい・・・思うことは誰にでも出来る。けれど、それを現実のものとするには卓越した創造力と精神力、集中力、そして強靭なバイタリティーがなければ到底無理。それを何の気負いもなく「普通です。」といともたやすくかつ楽しみながらやってのけてしまわれている。その姿にものすごい強さを感じました。・・・この方はどんなことでもやり遂げてしまうんじゃないだろうかとさえ・・・

お話の途中、溺愛されているお嬢様のお話しが出てきました。子供の行事は皆勤賞というお話には驚き来ました。「ここまで手を掛けたのに嫌われたらどうしよう、と思いますよ。」と顔をほころばせながらおっしゃるシェフ。お二人のお嬢さんにとってきっと優しくてあったかくてカッコイイ理想のお父さんなのでしょうね。

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